1999年7月10日(日)午後に新旭町藁園沖で水上バイク遭難
1999年7月11日(日)付け 読売新聞朝刊
琵琶湖で男性不明
水上バイク中に
10日午後4時45分頃、新旭町藁園の琵琶湖岸で、水上バイクに乗って遊んでいた京都府宇治市明星町1、トラック運転手井上潤さん(28)の姿が見えなくなったと、兄(31)から110番通報があった。同署では彦根署などに応援を求め、警備艇や県防災ヘリなどで捜索している。
今津署の調べによると、井上さんは午後2時30分頃、水上バイクで沖に出ていたという。
1999年7月13日(火)付け 読売新聞朝刊
不明の男性水死体で発見
10日午後、新旭町藁園の琵琶湖岸から水上バイクで沖に出たまま行方不明になっていた京都府宇治市明星町1、トラック運転手井上潤さん(28)は、11日朝、彦根市柳川町の同湖岸で水死体で見つかった。バイクは沖合約800mのエリの網に引っ掛かっており、今津署では遭難したとみて調べている。
遭難当時のビワコダス風観測と解説(琵琶湖地域環境教育研究会 松井 一幸)
10日(土)といえば、午前中はBSCで井上さんのご厚意により、NHKの前泊さんとボートに乗り、その後は、比良から今津まで聞き取り調査に出かけた日である。この日の午後は、比良山系からは涼しいオロシ風が吹いていた。安曇川ではも北西の風であったが、そんなに強いという感じはしなかった。
遭難が起きた日の午後4時のビワコダスの風画像は、以下のようである。図中に近江盆地における風の流れの予想される流線を書き込んでみた。
遭難者は、藁園沖から流され、残念なことに助からず、翌朝に柳川で遺体となり発見された。恐らく赤い線に沿って流されたように思う。弱い北西風と地上で思えても、湖上ではかなりの風と波があったと想像される。ライフジャケットを付けていたので、沈むことなく翌朝に対岸で発見されたと思うが、風と波で対岸に戻ることができなかったのであろう。必死で戻ろうとするほど、体力を消耗し危険な事態となる。遺体はほぼ風の流れに沿って、藁園から柳川まで流されたと想像される。琵琶湖を甘く見た悲しい遭難がまた起きた。
ビワコダスの報告書では、ハヤテで流された松井直志さんの体験記を載せたが、北小松からマイアミランドまで5時間かかって流されている。人の場合には、水の抵抗がより大きいと推測されるので、対岸に達するのは至難の業であると考えられる。
助かる方法としては、、
1)ライフジャケットを着ているので沈まないので、岸に戻るのを諦め、対岸へ流される覚悟を決める。
2)ライフジャケットを捨て、素早く裸になり抵抗を小さくして湖西の方へ、潜りながら戻る努力をする。
が考えられるが、どの方が生き残る可能性が高いのかは、専門家の判断を仰いででも、一定の見解を出しておく必要があるのではないだろうか。実際に、同じような風の日に、警備艇に付き添ってもらいながら、生還の可能性を探る実験をしてもよいのではないだろうか。